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一首評(第6回)

来たよ、この道を来たよ 概して夜はいっぱいのどがかわくね
(山中千瀬「小鳥を抱いて」)

 東日本大震災のすぐ後、作家や詩人が自作を持ち寄って朗読する「ことばのポトラック」というイベントが東京・渋谷において開催された。企画したのは大竹昭子で、「いま必要なのは凝縮したことば、詩や短歌のことばなのだ」と考えてのことらしい。「ことばのポトラック」は計八回、一年に渡って続いた。(評者は書籍を通してのみこれらのイベントについて知っている。)

 二〇一一年十月九日に開催された第五回のテーマは「声がつなぐ短歌」で、穂村弘、栗木京子、石川美南、東直子、岡井隆、早稲田短歌会による短歌朗読などが行われた。掲出歌は早稲田短歌会の山中千瀬による朗読(連作)「小鳥を抱いて」十首のうちの五首目である。

 まず印象的なのは初二句である。読点、一字空け、崩された定型、そして呼びかけのリフレイン。五六で読むか三八で読むかは迷うところだが、リフレインの効果を重視して三八で読みたい。内容面では具体的情報に乏しいが、下の句と合わせて考えると夜にそれなりの長い距離を歩いたということではあるだろう。震災当日、交通網の麻痺のために徒歩で帰宅した人々のことを思い浮かべてもいいだろう。

 初二句のリフレインはある種のエネルギーの蓄積、緊張の高まりを引き起こすが、三句はそれを下の句に向けて鮮やかに転換・解放している。「概して」の一語だけで、夜には様々な種類があり、とは言いながら大抵それらは喉が渇くもので、初二句はその一例に過ぎない、という三つのことを示しており、特に三つ目は一首の構造を決定しているという意味で重要である。韻律面においても、初二句では目立たないア行音、しかも「ガ」という少し質量のある音で始まる点や、四音という三句にしては珍しい字足らずが利いている。

 下の句は「いっぱい」が巧みである。「イ」音、促音、「パ」音、適度な片言性の組み合わせが絶妙な効果をあげており、きっちり定型に収まっているにもかかわらず自由さを感じさせる。「たくさん」や「とっても」による代替も不可能である。夜に喉が渇くというごくありふれた体験が、「来たよ、」から「ね」までの言葉の連なりによってここではどれほどきらきらと美しい(そしてあるいは苦しい)ものとして描出されていることだろうか。

 ところで、掲出歌の初出は「声がつなぐ短歌」ではなく、二〇一一年三月十日発行の『早稲田短歌』四十号であると思われる(他の出演者も既発表作・新作を取り混ぜて朗読している)。発行日の偶然はともかく、震災前の作であるとは考えていいだろう。山中は十二首連作「むしたちの」(とそれ以外に三十首連作)を寄せているが、これは全て枕詞を折句とした歌から構成されており、掲出歌はその二首目として含まれている。例えば一首目は「いりひなす【入り日なす】……「隠(こも)る」にかかる」という詞書に続く「いつまでも緑雨【りょくう】さらさらひからないなら虫たちのすべての羽音」(この【】内のみルビ)であり、掲出歌の詞書は「きみがよの【君が代の】……「なが(長)」にかかる」である(「小鳥を抱いて」では詞書は付されていない)。

 興味深いのは、「むしたちの」においてはあまり掲出歌が活きているようには見えないことである。それは一つには他の十一首は全てほぼ具体的に虫を詠み込んでいるにもかかわらず、この歌だけはそうなっていないからであり、また折句というコンセプトやそれに伴う詞書が目立ってしまっているからでもあると思われる。

 しかし最も重要なのは、震災というコンテクストによって読みなおすことで――それはある意味では詠みなおしでもある――掲出歌が断然活きてくるらしいということである。もともと具体的な情報が少ない歌であったためにそのまま震災詠としても読めてしまい、またそれ故に必要以上に深刻ぶったりはしないバランス感覚を具えることとなった。そしてそのバランス感覚の下における三句の働きによって、一時的ではあるにせよ、何もかもを変えてしまう震災を組み伏せることができてしまっているようにさえ見える。

 「声がつなぐ短歌」には他にも見るべき歌はあるが、山中のこの一首は不思議と心に残った。枕詞を折句として作った歌を震災後に読み/詠みなおすという重層的かつ偶発的な行為がこれだけの力を発揮するという事実を、評者はただただ眺めていることしかできないが、欲を言えば、それだけの偶然を呼び込んでしまう機会を一度か二度ぐらいは持ってみたいものである。

参考文献
・大竹昭子編『ことばのポトラック』(春風社、二〇一二)
『早稲田短歌』四十号(早稲田短歌会、二〇一一)

二〇一二年九月一日 近藤健一

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